1918年5月のある日、スターリング・ノース少年はフワフワした友達と出会った。ウェントワースの森へ、犬のハウザー、友人のオスカーと釣りに行ったのだが、その道中、ハウザーがアライグマの巣を見つける。家でひとりで過ごすことの多かったスターリングはどうしてもアライグマを連れ帰って飼いたいと心に決めてしまった。呆れながらも付き合ってくれるオスカーと共に、威嚇してくる母アライグマを捕まえようと奮闘するも、結局2人が手に入れたのは乳離れもしていない赤ん坊のアライグマ1匹だけだった。しかし、この出会いは後のスターリングにかけがえのない大切な思い出を与えてくれる。
小さな温もりをその手に感じながら、スターリングはこのような心境にあった。「ぼくはアライグマを飼える喜びで何も言えなかったのもあるが、今後ぼくらに課せられる大変な責任で怖気づいてもいたんだ」スターリングは以前から家でたくさんのペットを飼っていた。スカンク、ウッドチャック、カラス、何匹ものネコ、そしてセントバーナード犬。ここに1匹のアライグマが加わるからといって、動物の世話をすることの大変さが大きく変わるわけでもない。彼の責任の念はそこではなく、別のところに向いていたのだろう。本来ならアライグマ一家で連れて帰るはずだったのに叶わず、赤ん坊アライグマは母親から引き離されてしまった。母親のいない辛さを知っているスターリングが、小さなアライグマから母親を奪ってしまったようなものだ。不覚にも自身と同じ境遇にさせたことで、自分が絶対に育て上げなければならないのだと思ったに違いない。それからスターリングはアライグマの育て方を知らなかった。どうしたらいいのかわからず、不安だった。これが心から喜べずにいた理由だ。しかしその不安も、オスカーの母親からミルクの飲ませ方を教わることで、ぼくにもできる、ぼくがやらなければという自信と希望に変わっていった。
だがその前に、注目すべき感情があった。それは、オスカーと2人でアライグマをどう育てるか話し合っていた時のこと。頑固で厳しい父親が飼うことを許さないだろうと言って、オスカーはスターリングに世話を任せた。オスカーの父はその数週間前に、家の鶏小屋を襲っていたアライグマを撃ち殺していたのだ。農業が盛んに行われているスターリングの町ブレールスフォード・ジャンクションでは、その被害からアライグマのことをよく思っていない大人たちがいた。この悲しい現実を思い出し、スターリングとオスカーはウェントワースの森からの帰り道、少し黙り込んで考えていた。「アライグマとぼくらの年頃の男の子たちにとって不公平な世界だ」この思いは物語が終わるまで何度も出てくる。スターリングはこの不満と闘いながら成長していったのだ。
6月になり、夏休みが始まった。ラスカルと名付けられた赤ちゃんアライグマは順調に育っていく。その一方で、別のペットたちが問題を起こした。まずはカラスのポー。ノース家の隣に建つメソジスト教会の鐘楼に住みついており、厳粛な催しの最中に喧しく鳴くポーを、大人たちはショットガンを使ってでも教会から追い払いたいと考えていた。次にスカンクの事件が起きた。それまでずっと大人しかったペットのスカンクたちが野良犬にでも吠えられたのか、急に悪臭をぶちまけたのだ。不運にも窓を開けていた教会内の人々をその臭いが襲った。翌朝、教会の代表役員がノース家に押し掛けた。責められたスターリングはスカンクたちを森へ帰す約束をし、その決断に喜んだ役員はポーのことを先送りにしてくれた。ペットを逃がすという点で、これが最初の判断だった。
6月中旬のある午後、ずっとレッドオークの中で過ごしていたラスカルがついに穴から顔を出し、スターリングとハウザーが見守る中、探検を始めた。ラスカルは小魚でいっぱいの生簀に行くと、誰から教わったわけでもないのに魚を捕まえ、洗った。スターリングはラスカルの行動にとても驚き、魅了されて観察を続けた。ラスカルが賢いことに気付いたスターリングは、ラスカルを子供用の椅子に座らせて、自分たちと一緒に食卓で食事ができないかと考えた。試してみると、ラスカルはその辺の子供よりずっと行儀よく食べることができた。しかし、角砂糖を渡されたラスカルに大事件が起きる。初めて角砂糖を手にしたラスカルは、ボールに入った牛乳でいつものように手にした物を洗った。すると砂糖は消えて無くなり、「誰がぼくの角砂糖盗んだの?」と言いたげな顔をスターリングに向けた。スターリングは大笑いし、もう一つラスカルに与えると、今度は洗わずにすぐ食べた。失敗しても、一度覚えたことを忘れないラスカルにスターリングは感心していた。扉の開け方、スターリングのベッドの場所、ザリガニの捕まえ方、いちごソーダの味がこの短い期間でその小さな頭の中にインプットされていった。
当時11歳のスターリングには、2年かけてカヌーを作り上げるという計画があった。作業場はノース家の居間で、既に1年もそこに18フィートある骨組みが横たわっていた。作業を進めていたある日、姉のセオドラがミネソタからメイドを連れて帰ってきた。再会に喜ぶも、亡き母親の代わりと言わんばかりに行儀や身だしなみに厳しいセオが居間のカヌーを見て怒ったため、スターリングの機嫌は悪くなった。よく留守にしていた父とだが、スターリングは男2人で気楽に暮らしてきたのに、姉にカヌーを部屋から出せだの住み込みの家政婦を雇うだの言われ、つい、「姉さんは母さんじゃないだろ」と言ってしまった。これに対し、セオは一度に押し付けすぎたかしらと後悔する。
もう一つ、スターリングはセオの意見に対立することがあった。ジャガーの絨毯の上から起き上がったラスカルを見たセオは、腰を抜かすほど驚き、慌てて弟にアライグマを外へ出すように言う。いつでもラスカルが戻ってこられることを知っていたスターリングは、姉の指示に従った。セオはスターリングが使っている寝室を自分が使うと言い出した。そこはバスルームが隣にあって便利な部屋だった。それにもスターリングは従ったが、そこはラスカルもお気に入りの場所で、彼に入るなと説得するのは不可能だった。そして夜になり、セオの叫び声で起こされたスターリングと父ウィラードが見たのは、ちょこんと座るラスカルと椅子の上で怯えきっているセオだった。ヒステリックになっているセオの命令を仕方なく受け入れるスターリングだったが、こう言った。「でも姉さんはラスカルのベッドで寝ているんだ。ラスカルにだって、姉さんと同じように好きにしていい権利があるんだからね」スターリングは、人と動物が等しく自由であることを望んだ。そして、特に大事にしていたラスカルには強くそう思っていたのだろう。
何かと弟に言いつけるセオだったが、スターリングに頭が上がらなくなる出来事が起きてしまう。大切な婚約指輪を無くしてしまったのだ。光り物が好きなラスカルが部屋から持ち出してしまい、これまた光り物好きなポーがそれを奪って巣に持ち帰ってしまったのだと、2匹の喧嘩をしていた音からスターリングは推理した。ポーに喧しく悪態をつかれながら鐘楼から盗品を取り戻すと、スターリングはセオから感謝され、カヌーの件を許してもらい、家政婦の件も延期してもらった。そしてもうこりごりだといった感じに姉はミネソタへ帰って行った。
ラスカルの好みに興味をもったスターリングは、音楽を聴かせてみることにした。ラスカルのお気に入りはどうも、“There’s a Long, Long Trail A-winding”という曲らしかった。このバラードの中で歌われているナイチンゲールについて、ふと思ったスターリングは父に、アメリカにこの鳥がいるのかきいた。するとウィラードはウィッポーウィルならいるぞと答える。知らない鳥の名を聞いたスターリングは、絶滅して鳴き声を聞くには遅すぎたのではと、残念そうな顔をした。それを見たウィラードは息子の考えをすっかり理解したように、ウィッポーウィルを探しに行くぞと言い出す。
車に乗り込んだウィラード、スターリング、ラスカルは、コシュコノング湖へ向かった。車を止め、湖の崖へ走って行った3人は、生まれた地でそれぞれの少年時代に思いを馳せた。そんなとき、ラスカルが急な崖を降りてしまっているのに気付いた。落ちてしまうと思い、スターリングは慌ててラスカルを追いかけた。ラスカルが捕まったのは洞窟の中だった。その洞窟には、かつて白人たちに追い込まれたインディアンの長ブラックホークの怨念が潜んでいるという噂がある。スターリングは、追われているラスカルとインディアンが重なってイメージされたのか、ラスカルを責めずにただ抱きしめた。方やラスカルは執拗に追いかけたことを許してくれているようだった。
父と合流すると、ウィッポーウィルが活発になる夕暮れまでまだ時間があるというので、湖で遊ぶことにした。泳いでいると、生後3か月のラスカルは犬かきに疲れて、スターリングの上に乗って休憩しようとする。まるでスターリングが本当の親だとでもいうように頼ってくるのだ。
その後昼食をとり、父が経営する農場の様子を見に行った。それが終わると、父の旧友カムリンの敷地内を通って、ウィッポーウィルを見るポイントへ向かう。夜の音に耳を澄ませていると、その時が来た。1羽のウィッポーウィルが鳴き始めた。スターリングは不思議な感覚に襲われた。その声が幸せと果てしない悲しみを歌っているようだったからだ。鳥の数は増え、ラスカルもその高まりにうっとりしていた。そして始まりと同じく突然コンサートは終わった。3人は夢から覚めたような気分になった。月の下を歩きながらスターリングは、昔と変わらぬ自然がここにあり、ここにしか残っていないのだと考えさせられていた。
ブレールスフォード・ジャンクションにもその夏、遠いヨーロッパの地で行われている戦争の影響が少しずつ見られてきた。この町出身の1人の青年が戦死した。この知らせはスターリングの不安を煽る。彼の兄ハーシェルもその戦争で戦っていたからだ。「ハーシェルの星が金色に変わらないよう、ぼくは静かに祈った。だってぼくらにはそれを縫ってくれる母さんがいないんだもの」子供たちは戦争ごっこを禁止されたが、代わりに戦場で役立つ物資を収集し始めた。スターリングは自分の畑に精を出す。その日、スターリングは、それが大問題を起こす引き金になるとも知らず、ラスカルに畑のトウモロコシを与えてみた。するとラスカルは、甘いトウモロコシの味に狂ったように夢中になってしまった。この日を境に、ラスカルは夜な夜なスターリングのベッドから抜け出して、近所の家の畑に侵入し、トウモロコシを食い荒らすようになった。犯人がラスカルだとわかった被害者たちはノース家に集まり、ラスカルを処分するよう訴えてきた。ウィラードは、ラスカルに首輪とリードを着けることと檻に入れておくことを約束した。当然スターリングは大人たちの理不尽な決定に怒りを覚え、ラスカルを連れて森へ逃げたいと言い出した。それを聞いて少し悩んだウィラードは、「じゃあ、ラスカルと一緒に、スペリオル湖へ2週間の旅行にでも行くか」と驚きの提案をした。スターリングはラスカルを抱えて踊るほど喜び、“reprieve(刑執行の延期)”の小旅行へ出発する。
慣れないハンモックで夜を明かしたり、湖の岸でメノウを拾ったりしながら2日かけて北上し、目的のキャンプ地に到着した。大自然の中で心地よさを感じたスターリングは、この森で一生暮らしたいと思った。そうなればラスカルを檻に入れなくても済むからだ。この2週間、スターリングは自由を感じながらも、その自由が永遠には続かないともわかっていた。いつもと変わらず無邪気なラスカルを見る度に、彼はそのことを思い出されていたのだ。
ブルーレー川での滞在中、いろんな出会いがあった。ヤマアラシ、オジロジカの親子、クマの親子、大きなマス、そしてスターリングの理想の生活を見せてくれたバート・ブルース。彼はスターリングが夢に描いたような森のログハウスに住み、たくさんのフライ用のルアーを使って釣りを楽しんでいた。そして、物欲しそうにしているスターリングにブルースは、働いて稼がなければ、この暮らしは手に入らないよと教える。スターリングは、「一生かけて働いて、こんな家に住むよ」と答えた。後にこの宣言を実現させるのだが、それはまた別のお話。
2週間はあっという間に過ぎてしまったが、ブレールスフォード・ジャンクションへ帰りながらスターリングは、充実した生活に心がリフレッシュされたのを感じていた。
9月、夏が終わり、甘いトウモロコシの時期は過ぎたのだが、ラスカルが新しい秋の味覚に目覚めてしまう前に、スターリングは大人たちとの約束を実行に移そうと決意した。いつまでもわがままを言うほど、彼は子供ではなかった。25セント硬貨4枚持ち、ラスカルを自転車の籠に乗せて、シャドウィクの皮革店へ行った。ペダルをこぐ足は遅かった。
車が町を走るようになり、馬具の売れ行きが悪くなったため、シャドウィクは車を運転する人々を嫌っていた。そしてスターリングの話を聞き、馬を脅した次は男の子とアライグマを苦しめるつもりか、と言って同情してくれた。素晴らしい手際の良さで、シャドウィクはラスカルに首輪とリードを作った。スターリングは嫌がられるだろうと不安に思っていたのだが、案外ラスカルはそれらを気に入った様子だった。シャドウィクの優しさとラスカルが喜んでくれたことが嬉しくて、帰りのペダルは軽く感じられた。
全く気の進まない檻の件も手を付け始めた。子供相手でも有り金全部持っていくケチな材木屋ジェンキンスのところで材料を買った。ラスカルを早く檻に閉じ込めたい大人の1人だったため、翌日木材を家に届けるサービスをしてくれた。材料が来るまで、スターリングとラスカルは本当に最後の自由を満喫した。スターリングは星空を見上げながら、母が教えてくれた星座に思いを馳せる。「もし大熊座がぼくの星座、小熊座がラスカルのだったら、ぼくらがいなくなったずっと後でも、ぼくらはまだこの夜空で一緒に遊んでいられるのに」悲しくもあり、幸せな気分になった。
ラスカルが楽しめるような檻をスターリングは設計し、のらりくらり作業をした。近所の人たちはまだ閉じ込めないのかと急かすが、スターリングは明日やりますと言うばかり。
数日かけて檻を完成させてしまったら、アイリッシュピクニックの日が来た。スターリングはなけなしの銀貨をポケットに入れ、ラスカルとその町一番のお祭りに出かけて行った。品評会に出された野菜や家畜を見物したり、メリーゴーランドに乗ったり、パイ食い競争に参加したりした。ビッグイベントは何と言っても、サーマンが運転する車とコンウェイの馬ドニィブルックのレースだ。2人は仲が悪く、互いの乗り物を嫌っていた。サーマンはラスカルのことも嫌っていたため、スターリングはコンウェイとドニィブルックを応援し、彼らの勝利に喜んだ。
誰もいない家に帰ってきたスターリングはついに、心を鬼にして檻の扉に鍵をかけることにした。そこまで自分の気持ちを抑え込まなければならないほど、これは罪深い行為だった。初めラスカルは理解できず、優しく開けてくれと頼んできたが、さっと状況が呑み込めてしまったのか、閉ざされた空間を必死で動き回った。スターリングは耐え切れず、逃げるように家の中に入ったが、ラスカルの叫び声が聞こえ、堪らずラスカルを檻から出してしまう。
新学期が1か月遅れでやってきた10月、スターリングはラスカルをハウザーに見張らせた檻に入れ、学校に通い始めた。と同時にカヌーの材料を買うために、雑誌サタデーイブニングポストを売りまわるアルバイトも始めた。連れて行くラスカルが良い余興となって、別の雑誌まで買ってくれる人もいた。
生物学の授業は特別に楽しかった。何故なら、ウォーレン先生がとても魅力的な人だったからだ。毎回授業ごとに当番でペットを教室に連れてくるようにと、おもしろい提案をした。もちろんスターリングはラスカルを連れてくることにした。授業当日、ラスカルは教卓の上に行儀よく座っていた。ウォーレン先生は、アライグマの名前の由来を教えてくれたり、エサの食べ方をラスカルに実演させたりした。生徒たちはすっかりラスカルのことを好きになって、授業後ラスカルを撫でようと列を作ったほど。しかし、その中でスラミーといういじめっ子はこの浮かれた雰囲気が気に入らず、ラスカルの顔に向かって輪ゴムを弾いた。怒り狂ったラスカルに丸々太った手を噛みつかれ、スラミーは悲鳴を上げた。一部始終を見ていたウォーレン先生はスターリングを早退させ、狂犬病の兆候が出るかもしれないからと、ラスカルを檻に2週間閉じ込めておくようにと言った。ラスカルは悪くないのに、また理不尽さによってラスカルから自由を奪うことになってしまった。
14日後、無事にラスカルは解放され、スラミーの傷はその間に治っていた。久しぶりにラスカルと散歩に出たスターリングは毎年楽しみにしている木の実のなり具合と、小遣い稼ぎに狩るマスクラットの数を確認しに行った。すると、お気に入りのクルミの木がライフル銃の材料にされるために切られていた。スターリングは余りのショックで、その切り株に石で「この木を切ったヤツ、くたばれ」と書きなぐった。一方マスクラットの数は上々で、大漁が見込めると、嬉しそうに帰って行った。
スペイン風邪の流行がブレールスフォード・ジャンクションにも襲ってきた11月、スターリングも軽い風邪をひいた。ウィラードは息子を弟の農場でしばらく預かってもらうことにした。スターリングはラスカルと共に、ブラックジョークを言うフレッド叔父、優しくとてもよく面倒を見てくれるリリアン叔母、3人のよく働く従兄たちのところで療養することになった。回復すると、スターリングは農場の手伝いをするようになった。すっかり元気になったスターリングに12歳の誕生日が訪れる。その日は何とも素晴らしい日で、第一次世界大戦の休戦が知らされたのだ。最高の気分になり、スターリングはラスカルとポニーに乗って森へ散歩に出かけた。静かな場所で、兄が無事に帰ってくることと世界が平和になる喜びをじっくり噛みしめていた。その晩、ウィラードが迎えに来て、叔父たちとご馳走を食べた。その時、誕生日プレゼントとしてウィラードから時計をもらった。代々、父から息子へ手渡されてきた物で、紐には亡き母の美しい栗色の髪の毛が編みこまれていた。
1918年11月11日、休戦協定が調印され、ブレールスフォード・ジャンクションも町中にぎやかに終戦を祝っていた。
歓喜の高鳴りがおさまってきたスターリングは、家に帰ってマスクラット狩り用の罠の手入れをすることにした。しかし、やる気が一転する。遊んでいたラスカルが罠で怪我をしてしまいそうだった上、セントルイスから送られてきた毛皮のカタログの1ページ目にフルカラーでアライグマが罠にかかっている絵が載っていたのだ。スターリングはラスカルのような素晴らしい動物の腕を切断するなんて、そのような酷いことはできないと思った。急いでカタログを燃やしてしまい、罠は納屋にしまった。そして、休戦記念日と同じ日に、スターリングは二度と破ることのなかった動物たちとの平和条約を結んだ。
冬になると、ラスカルは巣からあまり出てこなくなった。アライグマは冬眠をしないが、長時間眠ってしまう。スターリングは巣が暖かくなるように、セーターを入れてやったりした。しかし、スターリングの財布が温まることはなかった。平和条約のおかげで毛皮での小遣い稼ぎができず、アルバイトをしてもお金は貯まらなかった。これではカヌーに必要なキャンバスも家族へのクリスマスプレゼントも買えないと落ち込んでいた時、ハーシェルとジェシカから2通の手紙が届いた。兄の方は、まだ戦地で仕事が残っているため帰ってこられないという知らせたっだ。だが、スターリングは悲しい反面、プレゼントを用意するのを先延ばしにできてほっとした。姉からの手紙にはクリスマスに家に帰る知らせと10ドルの小切手が入っていた。スターリングはこれで、クリスマスの準備が進められる。しかし飾り付けで問題が見つかった。ノース家のクリスマス・イブはペットたちも家の中に招かれるのだ。キラキラ好きのラスカルが参加するとなると、ツリーの安全は保障されない。ということで、スターリングはラスカルの檻を作った時の余った材料で、出窓のところにツリーを閉じ込めておくことにした。これを見たウィラードは、「ちょっとばかし不自然じゃないか」と言った。帰ってきたばかりのジェシカは居間の惨状を見て怒った。やはり住み込みの家政婦が必要だと言うのだ。しかしツリーが檻に入っている理由を聞くと、笑いながら弟を抱きしめた。それでも作りかけのカヌーが邪魔らしく、納屋に持って行けとジェシカが言うが、スターリングはキャンバスを貼るまではダメだと訴えた。
イブの夜、プレゼントがカヌーの中に並べられ、動物たちは居間に連れてこられた。ラスカルがすぐにツリーに興味を示したため、バリケードがあってよかったと思われた。家族やペットたちはそれぞれ素敵なプレゼントをもらった。スターリングはセオからスケート靴をもらい、父から磨かれたメノウをもらった。それらはスターリングとラスカルがスペリオル湖で拾ったものだった。父の計らいに驚いたが、ラスカルにも一つプレゼントしたため、更に驚いた。そしてジェシカからは、「これでカヌーを居間から追い出してちょうだい」というメッセージ付きでキャンバスがプレゼントされた。
満たされた気持ちでスターリングはラスカルと一緒に眠った。微睡の中、真夜中に動物たちがしゃべりだすと言われていることを思い出し、ラスカルも何かしゃべらないかと思った。スターリングはきっと、ラスカルも幸せなんだということを確信したかったのかもしれない。
2月のある早朝2時、フレッド叔父から電話でケースウェザーの知らせを受けた。スターリングは父とラスカルと農場へ急ぐ。着いて早々、挨拶もそこそこにウィラードとスターリングは作業を手伝い始めた。しかしまだ体力の無いスターリングは疲れてしまい、ラスカルを連れて、リリアンが待つキッチンへ行った。そこで、まだ子供だから仕方がないとリリアンはスターリングを慰め、それから将来の話をした。スターリングは医者になりたいと言ったが、リリアンは、「あなたのお母さんは、あなたに作家になってもらいたいと思っていたはずよ」と言う。スターリングにはそう言った叔母の姿と母の姿が重なって見え、「この時を永遠に残していけるのよ」という言葉がまるで、死んでしまった大好きな母からの言葉に聞こえてきた。
再び春が廻ってきて、動物たちは恋の季節に高揚していた。ラスカルも成獣になりかけており、外から来た雄のアライグマと喧嘩をしたり、雌のアライグマと恋に落ちそうになった。他にも成長が見られ、ラスカルは檻から自力で出られるようになっていた。そしてサーマンの鶏を襲った。スターリングは1年続いた楽しい時間が終わろうとしているのに気が付いた。
カヌーは完成し、進水式も成功した。だが、喜んでばかりもいられない。ついに姉たちがうるさく言っていた住み込みの家政婦が来ることになったのだ。彼女は動物嫌いとくる。スターリングはこっそりラスカルを部屋に来させるような対策を用意したが、心の奥でこんなことは無駄だと感じていた。「ラスカルはもう大人に成長して、ペットでいることに幸せなわけがない。ぼくはあいつを、あいつが住むべき世界から離しておくのが、わがままで軽率だということに気付いた」そして誰にも相談することなく、1人で決断した。
家政婦が来てしまう恐ろしい日になる前に、スターリングはラスカルとカヌーに乗って、ロックリバーを上り、コシュコノング湖を目指した。パドルを漕ぎながら、スターリングはラスカルの成長を振り返っていた。彼はラスカルが元気に育ってくれたことを誇りに思っていたが、悲しくもあった。だが、スターリングが別れを選択したということが、彼自身の成長の証であったのかもしれない。スターリングとラスカルが出会った日と同じように、空には満月が浮かんでいる静かなコシュコノング湖。1匹の雌のアライグマが森から姿を現した。ラスカルはその呼び声にそわそわし始めた。そしてスターリングは言った。「お前の好きなようにしろ。お前の人生だ」ラスカルは躊躇ってスターリングの顔を見上げたが、それからカヌーを降りて森の方に泳いでいった。月明かりに一瞬ラスカルと雌アライグマが見えたが、すぐに2匹は闇に消えていった。スターリングは堪らない気持ちでパドルを漕ぎだした。
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